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わたしの中の優生思想

今日はメンタルクリニックに行った。

出血は続いており、通常の生理なら初日より出血量が増えるはずなのに、今日の出血はごく僅かで、ますます、着床出血なのではないかと暗い気持ちになった。

 

主治医に妊娠の可能性と経緯を伝えたところ、やはり今の時点では妊娠しているかどうか判断できないとのことだった。

続いて、妊娠の可能性があるなら薬も変更したいなあと言われ、わたしは驚いてしまった。

妊娠の相手と入籍もできない、わたし1人で子育てする経済力もない、ましてや遺伝する可能性の高い発達障害なのに、主治医が出産を前提として治療薬を考えはじめたことにびっくりした。

発達障害は遺伝する可能性が高いですよねと尋ねたら、まあそれを言ったらなにが遺伝するかは正確には分かりませんからねえと主治医は微笑んだ。

 

産むと言う選択肢をわたしは持ち得ないと思っていたから動揺したけど、しかしわたし、出産はやはりできない、だから処方薬は今までと同じでいいと伝えた。

 

入籍できないとか、経済力がないとかも問題だけど、わたしの中では発達障害が遺伝しやすいと言うことが大問題だった。

けど主治医はそれを問題にしても仕方がないと言う感じだった。

 

それでもわたしは、脳が、定型とは違う発達をする可能性を知りながら出産することはできない。

なぜならわたしは、この脳のせいで、幼少時からずっと社会のはみ出し者だったからだ。

よく、歴史上の偉人は発達障害が多いとか言うけど、現代社会でその偉人たちが才能を開花させ実力を発揮するには、

多くのサポートが必要で、わたしにはそのサポートを用意する経済力がない。

突出した個性だとか奇想天外なアイデアを持つことで逆に社会やコミュニティから理解されず孤独のまま死んでいく可能性も高い。

それに偉人たちの成し遂げたことは多くの人間の犠牲の上に成り立っているのでは?アップル社の本社正社員がいくら稼いでいるかはわからないけど、スティーブ・ジョブズになんらかのハラスメントや長時間労働を強いられた人間がいないなんて考えられない。

 

確かに発達障害は、特性を知り、療育や治療、訓練を受ければ、定型より秀でる可能性はあるけど、そんなこと、全ての障害者にパラリンピックを目指せと命令するようなものだ。

発達障害でなければある程度の社会性があるならそこそこ幸せな人生を歩むことができるかもしれない。

 

これ、わたしの中の優生思想なんだと思う。わたしは、社会で余計な苦労をする人間を生み出したくない。

頭では、障害がない人だって様々な苦難に直面し、迂回や突破を繰り返していることぐらいわかる。

しかしそれは想像しかできない。

わたしの人生はしなくていい苦労と軋轢と疎外まみれで、わたしは自分を守るために、社会から排除されないために、被害妄想レベルの注意を払い、抑圧を攻撃し、あんな頭のおかしい人間の権利など認めないと冷酷に振る舞う存在を屈服させるために言葉の力を使った。

 

そうしているうちにわたしは、批判と非難が得意な抑圧者になり下がった。

 

わたしの産む子どもがわたしと同じ人生を歩むとは限らない。それは頭ではわかる。でももしわたしと同じ人生を歩むとしたら?もっと酷い人生を歩むとしたら?

 

それにわたしは、自分の生活すらまともにできない。行動の多くにものすごく集中しないといけないから、住環境は最悪だ。早く死なないとゴミ部屋を作り出し、ゴミに埋もれたまま死んで腐る。

 

自分の生活すらちゃんとできないのに幼な子を抱えたらどうなるかわからない。

 

もちろんわたしが何度か主張したように、産んで、子育てが無理だとわかったら、公的機関や福祉の力を借りる道がある。

しかし児童養護施設も、里親も虐待のリスクが高いと言う。

わたしは理想論しか主張できなかったのだ。

 

わたしの中の優生思想がどこから来るかは明確だ。それはわたしの劣等感、自尊心の低さから来る。

貧しくても障害を持っていても服薬していても、我が子を愛し我が子が歩む道をサポートできると言う自信がないのだ。

だから、この優生思想を他者に押し広げようとは思わない。

でもわたしは、わたしの中の優生思想から逃れられない。